もの・こと・じょう・ほう

見据えた海は大海原。耳を澄ませば人の声。振り向き様に富士の山。影の先に一輪の花。

東京→名古屋を24h以内で走ってみた~その4 新居町→名古屋・東京(終)~

時間は23時43分。ここは東京駅の新幹線ホーム。

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 ぼろぼろの体力で写した写真。

 だが、この写真こそ、今回の旅路の成功を告げる写真であった。

 

 

 時間を戻して17時過ぎ。

 終電リミットまで5時間、いや、輪行準備と切符購入等を考えるとあと4時間40分といったところか。

 全速前進。県道3号をフルパワーで進む。アウタートップで踏む。なんでだろう。想像以上に進む。下りの勢いがあるだけじゃない。

 風だ。いままで向かい風に煽られた道のりが90度変わって北西へ変わったタイミングで風がそれまでの南西から南東寄りに動き出していた。

 これが風の力。

 フルパワーで踏み続けることを少し緩めてもそのスピードはほとんど減らない。

 すごい・・・ここまでの追い風を経験したことはない。向かい風なら今日に限らず幾度となくあった。

 国道1号に合流し、豊橋、豊川へ。途中、高架橋を登り始めたところで、国道1号東京から300kmの標識があったはずだと思った。下りに入った途中で、みえた。思った通りだ。

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 ママチャリの時の写真であるが、この時は登りの途中で岡崎からの名鉄・高速の山麓に心なぶられていたことを思い出す。

 そう、もうすぐ岡崎だ。でもその前にあの山麓沿いを走るのだ。

 風はまだ背中を押している。味方についた風と共に、気づけば岡崎の市街地に突入していた。

 時刻は・・・19時25分。いける。まだ諦めるところではない。ここから先はもう名古屋駅まで走り続けるのみ。失敗のことはすでに頭になかった。

 絶対間に合あせる。だからもっと前へ。もっと速く。

 ひたすらにペダルを回す。高架の下をくぐった。中京競馬場あたりだ。

 4年前の記憶がちょっと前のことだったかのように思い出せる。

 まだ遠い。けど、間に合う。

 高速道路が見えてきた。名古屋市内に入った。

 信号1回ごとに「熱田神宮」の文字を探した。中々みつからない。時間は21時をまわっていた。

 近いのに遠い。そんな気持ちの中、ついに見えた。国道1号線の左折ポイント、それはすなわち熱田神宮に着いたことを意味した。時間は21時11分。

 この時点で東京→名古屋の初級キャノボは22時間35分で成功となった。

 しかし、まだ終わりではない。

 もう一つの目標のためにひたすら回す。

 この時、どこで曲がれば名古屋駅の目の前にたどり着くかなんてことは忘れていた。

 とりあえず、名古屋駅という方向標識を探してさらに北へ進む。

 ここか。いや違う。ここか。いや、ここも違う。

 数キロがとても長く感じた。

 そして見えた。駅前のタワーが真西になろうとした時、名古屋駅の方向標識だ。

 曲がった。ん?なにか違う。そう、少し早く曲がりすぎたのだ。信号ごとに道行く名古屋の方に道案内を頼む。長い信号待ちではここまであったことを話して労をねぎらわれたり、ドン引きされたり。それでもみなさん、親切に教えていただいた。

 名古屋駅の看板。21時40分。

 東口だから輪行準備したら新幹線改札までは反対方向に歩いていかないといけないことはわかっていた。

 急いで準備し、切符を購入。

 立ち止まってから汗がひどく、ミネラルをため込んだ汗が目に染みる。あとで見返したら充血していた。

 券売機はなれたもの。自由席で改札へ。

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 「9月20日21時55分名古屋入場」の赤い印字。最終電車どころかさらに1本前に乗ることができた。

  

  

 自宅。時刻はすでに日付をまたいでいた。

  

  

 長い長いあの日が終わった。

  

 翌朝、目が覚めると、洗濯したサイクルジャージが天井にみえた。

 ※写真は箱根ヒルクライム時のもの。今回はこちらのジャージを名古屋までお届けしました。

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 「「おはよう少年。月曜日だ。」」

 連休の3日目、月曜日の朝。名古屋までお供したサイクルジャージが呼びかけた。