もの・こと・じょう・ほう

見据えた海は大海原。耳を澄ませば人の声。振り向き様に富士の山。影の先に一輪の花。

我々が知らないから教育しろという無責任な社会教育について

私たちは、とある学問の知識を知るにあたって、多くは学校、特に教科書から物事を知ることが多い。

日本史の授業を通して一通りの知識を得るのだ。人によっては個別的に好きな時代があったりするが、通史として学ぶのはやはり教科書からになる。

では、その教科書、100%の真理を映しているか。否、常に変わりつづけている。

それは実際の政治的・社会的要請という次元の大きく異なるところから、それは学術的研究の進展という次元から、教科書は変わり続けるものである。

前者は戦前・戦後という境で大きく変わった。戦前は日本書紀古事記がありのままかたられ、歴史として組み込まれた。歴史上、存在する文献であることは間違いないが、その内容が政治的・社会的要請で「日本の歴史」として語られたのだ。

後者はこの今でもなお続く人文科学的に検証を経て定説化されたものが、史料の発見、史観の見直し(前者に通づる部分もあるが)、隣接分野からの視点による発見によって新たな説が生まれ、定説化したものが教科書に反映される、というものである。

今回は後者に限るが、この学術界隈での新説の定説化が教科書に反映されるのには早くても10年、遅くて30年かかると私が通った大学の教授は話していたことを覚えている。

現在の教科書では伝・足利尊氏像とされる黒馬にのった兜をつけていない武将の像が昔は足利尊氏と確定的に語られていた。

江戸幕府徳川家光時代に鎖国を完成させ、外との交流を閉ざしたと以前はされていたが、いまでは「四つの口」などという形で沖縄―薩摩、オランダー出島(中国ー長崎唐人屋敷)、朝鮮ー対馬アイヌ津軽などの形で限定的な交流を続けていたとしている。

内容の変更が常におこり、私が知っている教科書とは違う、なんてこともあり得るのだ。

歴史にかぎった話ではない。自然科学の分野でも常に科学が新しい理論や発見を重ね、それが時を経て教科書の内容へと凝縮されていく。

アインシュタイン以前の教科書を我々がいま読んでも不足感を得てしまうだろう。

 

 

さて、各々の学問分野で専門的に発見・創造を繰り返すプロフェッショナルがいる一方で、それを「教科書」へと移植し、知識を伝播されせるプロフェッショナルも必要となる。されには、各々を広く知り、伝播するゼネラリスト(かつプロフェッショナル)が必要となる。

だが、この各パーソンがすべてその学問を余すことなく社会に、学ぶ者に還元するのは現実的にはムリである。

当然、伝えることのできないこともある。そこに関わった社会的な問題が発生したら、誰が対処するのか。まずはその問題を現実の実務的に対処する者、法的に対処する者、学問的に対処する者が出てくる。

福島の原発事故だと実務的に対処するのは東京電力の社員や事故対応にあたった自衛隊の隊員。法的に対処するのは東電の幹部や自衛隊幹部、指揮する内閣閣僚である。学問的に対処するのは原子力の専門家である。

それぞれがやらなければならないのは事故の被害抑制であるが、それぞれにできることは限界がある。協力が必要である。その能力と権限とマンパワーによって解決しなければならない。

ここでそこに含まれない我々国民は聞きなれない言葉とわかるはずもない法的制約とつかいどころのわからないマンパワーを知っているか。当然にわからない。

この隔絶に一般人と専門家の大きな溝があり、そこに非難とデマと混乱が発生してしまう。だったらその知識を知るよう教えればいいじゃないかエネルギー教育をという話である。バカげた話である。

金融、税金、マナー、エネルギー、平和、経済、インターネットetcどこにそんな時間があるのだろうか。それをこなすゼネラリスト(プロフェッショナル)がどこにいるのだろうか。その授業を教科書にできるだろうか。それを受ける学生が理解できるだろうか。

腕のみせどころの話ではない。そんなただでさえ多いとされる教科書に教科書を足して何がおもしろいのだろうか。