もの・こと・じょう・ほう

見据えた海は大海原。耳を澄ませば人の声。振り向き様に富士の山。影の先に一輪の花。

貴様の軸はなんなんだぁー(by中井貴一)

今の己の軸とはなんだろうか?
昨年の大河ドラマ「清盛」でも己の軸となるものが何かを探し、みつけ、失うまでが描かれた。
  

では、私は?
絵を描くことについては「楽しくなければお絵かきじゃない」というのがある。
いつも、デフォルメかかった絵を描いて、恥を知ることなくハイクに投げているが、その時々、思い描いたものを楽しく描けたときにだけ、それができる。そうじゃない時は描けない。ここ半年近く、満足に描けなかったのは、それをどこかに置き忘れていたのではないだろうか。
もっと、それより前の毎日描いていた時の気持ちがどこかにあった。それを取り戻して、また描いていきたい。


思考テーマとして「多様性の無責任」というものが挙げられる。
大学生になってから考えるようになったテーマである。個人の多様性は認められて、一人ひとりのオリジナルなストーリーがあるのは当然、守られてほしいことではある。だが、それが変更を余儀なくされ、一時的に抑制しなければならない時に、多様性は暴発したり、より大きな集約に弊害をもたらすのではないかと危惧することを覚えた。
あの震災もそうだった。誰が、どの専門性をもって、正しい言葉を言っているのかわからない。一つの問題に、そこに立つ立場からは言えてもより大きくみたらそれは部分でしかない。でも部分を超えると誤ったことを発し始めて誰が間違えた、間違えるなら言わない方がいいと引きこもる。結果として問題は解決しない。そんな見失われた多様性に疑問をもった。
自分でも何書いているかわからない。ただ、書店で自分の思考テーマにヒントを与えてくれるものが見つからない。すぐに答えなんてみつからないだろうとはわかっているが、その手がかりになるものがみつからない。たぶん、まだ見つけきれていないだけなんだろう。
だから、頼らない、考えることもしている。わからないなりに。でも、ずっとこれからも思考テーマなんだろう。


ネットとリアル。「まったく違う世界」。リアルでの知人、幼い時から会社での同期にいたるまでの私の知人とここやtwitterなどを通して知り合った方々とは混ぜないスタンス。だから、facebookもLINEもやらないし、現実的にそこに手が回っていない。ハイクとtwitterみてるだけで精一杯なとこもある。いつかはこのリアルとネットをつなぐ人が出てくるのだろう。その時はその時で腹をきめないといけないことはわかってるし、そうしないと自分が困るのだろう。たぶん。でも、今しばらくはmarukomekidと本名(○○○○○)は別であってほしい。



こんなもんかな。