もの・こと・じょう・ほう

見据えた海は大海原。耳を澄ませば人の声。振り向き様に富士の山。影の先に一輪の花。

午前5時45分。

多様性だけが広がる世界。

過去の画一的、非合理的な思想の下、統制された社会を経験した世界では至る所で多様性が守られている。

学問の多様性、生物の多様性、人格の多様性などなど。

専門はそれに特化し、ひたすら物事を探究し、守られた個性を発露させるべく、画一的な思考教育を解体していった。

それによって社会は豊かな道のりを歩んでいた。

そして、同じであることが没個性で、エキサイティングに欠けると言われた。

だが、あの日、あの時、あの場所で。多様性だと言い張るものを飲み込んだあの出来事が、社会に多様性がはたして万能であるのかという疑問を突き付けてきた。

多様性を抑え、画一的に従う。改めて多様性が脆弱な基盤のもとでふるまうことができたのかという気持ちを得た。

また一方で、多様性だと信じるものが、多様性を自ら否定してる現実を垣間見た。

なぜ、多様性を信じるのに多様性を認められないのか。その限界を越えられない程度にしか我々の思うそれはそうであったのかもしれない。

もう一度、信じるそれの足元と地平線の先を反省する日の出の時が訪れた。

おはよう、少年。さぁ、始めよう。