もの・こと・じょう・ほう

見据えた海は大海原。耳を澄ませば人の声。振り向き様に富士の山。影の先に一輪の花。

フラクタル

フラクタル1回目を視ました。
オリジナルには考察する方々が多いので、反省することなく乗っかってみようと思います。


題名の『フラクタル』という言葉。
マンデルブロが導入した幾何学概念だそうです。図形の部分と全体が相似になっているとか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%AB

公式サイト(以下「公式」)によると
フラクタルシステムによって働くことなく生きていける楽園の社会が完成し、人々はそのシステムの維持こそ幸福の条件だと言っている。
http://fractale-anime.com/introduction.html

このフラクタルシステム。東さんが原案書いていることからして「ベーシックインカム」が機能した社会システムを想起しておけばいいのだろう。朝まで生テレビなどでよく言われるキーワードです。
生活上最低限の収入を保証することで個々人の好みを伸ばして生きていける。
個人はやりたいことを仕事にできる(プロの選手などは少し違う気もしますが。)。こうした社会システムでは衛生上汚い仕事や煩わしい仕事は敬遠されがちですが、高い収入を保証することでそうした仕事に従事させるインセンティブを与えているのでしょう。1回目でみた市場がそこまで汚いくないのもそのあたりがわずかながら機能しているのではないでしょうか。
「公式」ではその社会システムの解析ができていないとされているので、システムの機能を統治者・行政府が把握していないが、しかし運営の仕方だけは知っていてなんとか維持している、そんな状態なのでしょう。
そのシステムが崩壊し始めた時期が本編である、というわけですね。


第1話の中で出てきた中で気になったのは
¶1「データ麻薬」と「病院へアクセス」
これは他で考察されている(こちらの方の方が精緻な考察をされています。)こととほとんど似たことを思いました。治療・投薬はデータで処理される。データ麻薬はiPadらしきものに手をかざして投与というのがシーンとしてはっきり示されていました。なので、クレインがフリュネのケガを見て「病院へアクセス」というセリフはアクセス=病院にネットアクセスして診断・治療を行う、つまりは「病院にネットアクセスして遠隔治療を受ける」とでも言ったらいいのでしょう。
お金などもそれこそ現代の延長線上に話があるそうなので電子マネーでしょうね。


¶2親などのドッペル
ドッペルが人間と同じように生活を送っていました。クレインの家族は実在し、他で生活しているのか自分には疑問でした。ただ、クレインが過去の親との映像を集めていた(主目的かは不明。ビンテージもののハードの方に主眼?)のを思うと、この世には生身の人間として実在していないのかなと思います。クレインの親友は普通にしゃべっていました。なので2つ考えられるのは
(1)ドッペルの人が別のところで生きている
(2)ドッペルは死んだ人の性格などをデータ化している
どちらかだと思います。私としては(2)だと思っています。というのは、仮に(1)だったとしてクレインの周辺がみなドッペルを操作しているのかということ。クレインは逆にドッペルを使っているとは思えない。使っていたなら操作しているはず(まさか脳内で使っているとか?)なのであまりドッペルは生きた人間が操作しているとは思えません。
(2)の場合、ドッペルの記憶などは生前に脳をデータ化してドッペルにインストールさせて感情や性格などをそのまま再現できるようにしているのかなぁって思えば自分としては納得いくと思っています。ただ、ドッペルはドッペル自身の意思によって消えることができる(両親がおやすみを言うシーン)がその場合反論となる指摘となるので、難しいところです。
ドッペル自身は人間が人為的に消せる(警察による麻薬取締のシーン)ということはドッペルに対して生身の人間の方が存在上優位に立っているのではないかという点もあります。なので、人間側から見るとドッペルは普通に接するレベルから人畜奴隷まで(もちろん奴隷とさせるだけのインセンティブがあったうえでの話)幅があるような感じに思えますがどうなんでしょうか。
ドッペル自体はランダムに決められたオンボロ肉体でしたが、そこまで区別する必要があるのかと思いますけどね。


¶3フリュネ
彼女がなぜ追われていたかは「公式」のキャラクター紹介の文から察するに、フラクタルシステムの管理者であるフリュネをエンリらは拘束して、今後登場するエンリのアニであるスンダらの組織によるフラクタルシステム打倒の糸口とする。打倒すべきシステムを管理する彼女を捕えるという目的だと思われます。
フリュネはクレインが両親のドッペルを消した時にそれが悪いことであるかのような態度をとり、一方でクレインの過去の親との映像を見て感動しているあたり、人間のつながりに価値を見出し、たとえそれがドッペルであっても粗末にしてはならないというのが彼女の信念の中にあるのではないでしょうか。


フラクタルシステムを管理する側のフリュネがもつ「人間のつながりの大切さ」
スンダの信念としての「人間らしさ」が管理する側と管理される側でこのシステムの欠陥に気づき憂いているときにシステムの崩壊の始まりがあり、純粋な(?)心の持ち主クレインがそれに左右されながらネッサとともにその真相に迫っていく!?そんな展開の先にあるのは・・・・・みたいな

んで、この『フラクタル』を見終わった時にどんなテーマだったんか?
働かなくてもいい社会、生身のつながりのない社会
そんな人間とのつながりがない社会ってほんとうに幸せですか?
ただ生きているだけってうわべだけの幸せなんじゃないですか?
そんな問いかけをする社会系アニメにしたいのかなーなんてね。



ってか今夜関東でhは第2話やってんだよな(ぉぃ