もの・こと・じょう・ほう

見据えた海は大海原。耳を澄ませば人の声。振り向き様に富士の山。影の先に一輪の花。

知識への欲求とは?

最近、よく思うことがあります。
なんでもっと学びのために時間を割かなかったのだろう。
なんで学ぶことの楽しさに早く気付かなかったんだろう。
時が経ってからこんなことを口にする大人の方がときたまいらっしゃいます。
一方では別にそんなこと思わない人もいらっしゃいます。

私は大学3回生にして知識を得ることの面白さについて何か(それがなんなのかははっきりとはわかりませんが)気づいた気がします。
これが早かったのか、遅かったのかは一概にはわかりません。
私自身としては遅かったと思っています。
日本史だけが好きでそれ以外は受験のためにのがれのがれやってきたことを思うと、とても有意義であったろう時間をうまく活用できなかったかもしれません。
大学に入り、単位取得のために文学部領域内で教養と専門で様々な分野の授業を受けてきました。また、現在は公務員講座において教養・法律・経済などを勉強し、日々の報道に目を向ける必要がありました。
そうした3年間で気づいたこと・・・勉強ではない学びの核心、知識欲は学ぶことを楽しくさせるものであることだとぼんやりながら知った気がします。
哲学、歴史学、地理学、政治学、経済学、統計学などなど・・・・
文字には列挙できますが、中身はすべてつながっているものではないでしょうか。それがつながっていることを今まで誰も教えてくれなかった。否、私自身が気づかなかった。もったいないことです。
学ぶという時間。そんなことができる時間が実はゆとりのある時間なのかもしれないと思いました。


知識欲は常に×0を定数として与えられた恐ろしいものです。知ることに終わりがない。満足というゴールは絶対に見えない。しかし、欲求はそれでも求めていくものかなと思います。知識で死ぬことはなくても知識欲で死んでいくなんて恐ろしいですね。