もの・こと・じょう・ほう

見据えた海は大海原。耳を澄ませば人の声。振り向き様に富士の山。影の先に一輪の花。

ゆとりの真価が問われる氷河期

また、最近のブックマエントリーから思ったことを。


就職氷河期がどうのこうのってやつです。
今回は。
ちきりんさんのエントリーは確かに納得できますし、政府がまともに動かなかったら海外か起業ぐらいしかないでしょう。
つまり、自発的に動くほかない。コレが日本経済を動かす力。
Railsで行こう!でのエントリーも似たような感じです。
(違うところもありますが、方向として、ですよ。)


で、それがどうなのか。
無理って言いたいのではないのです。そりゃ、やればそうなる新たな力はいくらでも出てくるでしょう。多くの失敗の上に。
そして、一部の成功した新興企業から新たな方向性が導かれる。
明治維新、WWⅠ期、新興財閥形成期、戦後高度経済成長期、新たに立ち上げた会社が成果を出し、日本経済に寄与する。これが日本でも世界でも変わらず起こってきた経済と社会の基礎代謝とでもいえる見えざる活動だった。
今回の氷河期が新たなものを生み出すであろうか。それが問題なのだが、上にあがった期はそれがチャンスであることがわかっていて挑戦できた。しかし、今はチャンスではないような雰囲気が出ている。
レールに外れることを嫌う傾向が圧倒的である。
(かく言う私も思いっきりレールに乗りたい一人であるが)


いくらチャンスだ、チャンスだと言われても、実行する世代がピンチの回避ばかりにとらわれて、今がチャンスだと認識できていない限りそんなチャンスはチャンスではないし、予期する理想的基礎代謝は望めないだろう。
安定志向すぎる(それが悪いわけではない)今の若い世代、これから社会に出るゆとり世代と呼ばれる人達にピンチをチャンスと捉える思考ができるのであろうか。
それこそ、ゆとり世代がゆとりで何を学んだかを問うことが出来るのではないだろうか。


(奇しくも、今年がゆとり第一世代が就職活動であったそうだ。これも運命のいたづらであろうか。)