もの・こと・じょう・ほう

見据えた海は大海原。耳を澄ませば人の声。振り向き様に富士の山。影の先に一輪の花。

眼精疲労

迷ってましたが、『涼宮ハルヒの消失』を観てきました。
テレビアニメシリーズは視ましたが、原作は読んでません。
ただ、映画を見た人が描いた講評(?)みたいなブログを見て回って、どの辺りを注意してみるべきかとかはチェックしてから観たので、まったくチンプンカンプンではなかったので十分に楽しめました。


突然、改変された世界に存在することになったキョン
長門は変わったキョンとの記憶。古泉・みくるその他は気付かない。
唯一、ハルヒが中学時代に遭遇した彼を頼りに皆が結集する。


キョン改変世界で感情・表情を元の世界に比べて豊かな長門と元の世界の長門を天秤にかけるシーンがとても印象的だった。
どちらか一方には背を向けなければならない。それは長門だけでなく、一方の世界にいるハルヒ・古泉・みくる・その他、そしてキョン自身との決別をも意味しているように思えた。
改札のシーンで白色となった彼ら(キョンを除く)。あれの中には見えないキョンの白色の姿があったかもしれない。背景が白だったアレがキョン自身であったのかもしれない。自問自答で葛藤する二人キョンがそれを人間化してものであろう。


いままで知ってきた世界が宇宙人や超能力者など、非日常であろうが、それが非日常の日常化と化した元々の世界にキョンがそれを望んだのは当然だろう。非日常を楽しむというよりも、改変世界という視聴者からすれば日常世界(三次元的な意味で)がキョンにとっては非日常なのだ。改変前の長門がいいと思ったかもしれないキョンにとってはそれこそ宇宙人であり、超能力者であり、そうした類の世界に存在する者として彼女は映ったかもしれない。
それ(他にもあるだろう)を踏まえて、キョンは積極的に元々の世界を守ると誓った。誓う理由は他にもあるかもしれない(何せ、原作を読んでない。)ただ、アレだけを見て思うのは先書いたことがそれかどうかは別としてキョンが選んだ。それ以上突っ込むことは野暮だろう。(つまり、ここに書いた全ては意味不明でかまわない。全てを知るのは作者、いや、作者もわからないのでは?)


ただ、改変前・改変後の長門、両方ともかわいいよ、長門。(かってだな。)
題にあるように、非常に目が疲れました。